
軍事基地に帰還した俺たちは司令室へ向かい、任務の報告と同時にライナスの身柄をマティアス司令官へ引き渡した。
「諸君、よくやってくれた。おかげで軍や民間人への被害を最小限に抑え、ライナスの身柄を拘束することができた」
「凄く厳しい戦いでしたよ……」
「もうあんな無法地帯は二度とごめんだ」
「でも良いビデオ撮れたじゃねーか。凶悪犯を捕まえて生配信なんてめったにできないぜ~」
「ビデオ販売すればオレたちも大金持ちだな!」
ヨウスケとミカエルはライナス戦で死にかけたせいか、疲れ果てた様子だ。
俺とレイさんはライナスのホモビデオを撮影できて最高にハイな気分だぜ。
「おい、ライナス倒したのは俺なんだから俺たちにも売上金よこせ!」
ここで金にがめついナイト軍曹が売上金を要求。ライナスの撮影ができたのはナイト軍曹のおかげだ。ここは……。
「そうだな! みんなで山分けしようぜ!」
「わーい!」
ビデオの売り上げは任務に参加した俺たち全員で山分けすることになった。ハイド伍長も大喜びだ。
「無法者の親玉は潰しておいたので、もう無法者たちが攻めてくることは無いでしょう」
「そうか、よくやった。厳しい戦いで疲れただろう。数日間はゆっくり休むといい」
「お言葉に甘えて休ませて頂きます」
エーリッヒ大佐も相当疲れている様子だ。
数日間の休日をもらった俺たちがやるべきことと言ったらアレだよなぁ?
「よし、動画をビデオにして販売するぜ」
「これでがっぽがっぽだ~!」
完成したビデオはマティアス司令官にもプレゼントしてやりたいぜ。マティアス司令官がホモビ大好きなのは言うまでもないからな。
俺たちが喜んでいる間、ミカエルが冷静な表情でマティアス司令官へ話しかける。
「ライナスはこれからどうするんだ? あいつ、長いこと凶悪犯罪を繰り返してきた男らしいが」
「ライナスは後で私がじっくり問い詰める。私の過去を知っているそうなのでな。そしてライナスが更生できると判断した時は、我が軍の一員として受け入れよう」
「マティアス司令官、正気ですか!?」
ライナスを軍の一員にすると聞いて驚くエーリッヒ大佐。エーリッヒ大佐はライナスにボコられた被害者だから無理もない。
「ライナスは高い戦闘力と、改造バイクや特殊弾を作る技能の持ち主だ。奴の能力を腐らせるのはもったいないだろう? だが、ライナスが救いようのない奴だった場合には……」
「バラバラに引き裂いて……生き地獄を味合わせて処刑だろ?」
「その通りだ」
恐ろしい表情で処刑を持ちかけるハンニバル中将と、笑みを浮かべながらそれに賛同するマティアス司令官。この2人だけは絶対敵に回したくねぇ……。
「Foooooooo! マティアス司令官、器は広いけど救いようのない奴には容赦無いねぇ~!」
処刑の話を聞いてビビるどころかハイテンションなハイド伍長。
「ライナスのことは私に任せておけ。では解散だ」
俺たちはライナスの身をマティアス司令官に託し、司令室を後にした。……ただ1人、ハンニバル中将を除いて。
「マティアス、悔いのない判断をしろよ。お前なら間違った選択はしないと信じているぜ」
「あぁ。これからライナスと1対1で向き合ってくる」
その後、ハンニバル中将は司令室を後にし、マティアス司令官は司令室の奥にある自室へ向かっていった。
マティアス司令官の自室は広々とした豪華なヨーロッパ風の部屋だ。
大柄な人間が寝転がれるほどの大きなソファの上で、気絶したライナスが仰向けに寝かされていた。
マティアス司令官はそんなライナスを傍で物色する。
(この男、やはりどこかで……。しかし、思い出せない)
マティアス司令官がライナスを物色中、ライナスは目を覚ました。
「……うぅ……ここは……?」
目を覚ましたライナスはマティアス司令官の顔を見た瞬間、驚きと警戒の表情を見せる。
「……てめぇ! そこで何やってやがる!」
ライナスは衝動的にマティアス司令官に殴りかかるが、マティアス司令官は即座にライナスの手首をつかみ、身動きを取れないようにした。
ナイト軍曹たちと激戦を繰り広げたライナスであっても、人間兵器であるマティアス司令官の前では足元にも及ばない。
「大人しくしろ。お前は今、自分が置かれている状況が分かっているのか?」
「分からねぇよ! 何なんだここは!?」
「軍事基地司令室の中にある私の部屋だ。ここは戦場では無い。もっと気を抜いていいんだぞ」
マティアス司令官は先ほどの厳しい表情から一転、微笑みながら優しい口調で返事をする。
ライナスは抵抗しても無駄だと悟り、落ち着いた表情で対応する。
「俺は軍に捕らわれちまったってことか……。そしててめぇは何者だ?」
「私はこの軍事基地の司令官、マティアス・マッカーサーだ」
「マティアス・マッカーサーだと……!?」
ライナスは目の前にいる男がマティアス・マッカーサーだと知って驚く。
「ライナス、お前は私のことを知っているそうだな? 今回、お前を生け捕りにしたのは私の過去について聞き出そうと思ったからだ」
「おい、俺のことを覚えていないのかよ!?」
「私には昔の記憶が残っていないのでな。……さて、本題に入ろうか。お前は何者だ? 私と何の関係がある?」
マティアス司令官の問いかけに、ライナスは落ち着いた口調で語り始める。
「俺の名は……”ライナス・マッカーサー”だ」
「……」
「元は貴族の出だった。だが、数十年前に起きた戦争で両親を亡くし、兄は行方不明になり、俺は独りになった。その後は生きるためにひたすら強盗や殺人を重ねてきた」
ライナスはかつて心優しい貴族の少年だった。孤独と過酷な環境が彼を荒んだ無法者に変えてしまったのだ。
彼が軍の兵士を次々と負傷させたのも、盗みを働いた彼を取り押さえようとした兵士を返り討ちにし、軍にマークされたことが事の発端だ。
「貴族の子ならなぜ真っ当に生きる方法を考えなかった?」
「戦争で家族を奪われて気づいたのさ。この世は弱肉強食……力こそ全てだとな! 戦場や無法地帯では正義や優しさなど何の意味も無い!」
「そうか……。お前も私と境遇は同じか」
マティアス司令官はライナスに同情するように優しく言葉を発する。
「お前の気持ちは痛いほど分かる。私もかつては生きるのに精一杯で、ただひたすら戦い続けていた」
「やはりあんたは……生き別れた俺の兄なんだよな?」
「分からないな」
ライナスはマティアス司令官のことを生き別れの兄と確信した。しかし、過去の記憶を失っているマティアス司令官にはライナスが自分の弟かどうかは分からない。
「今度はあんたのことを教えてくれ」
「私は戦争で家族を亡くした後、無法地帯の傭兵として生きてきた。無抵抗の人間を手にかけることは無かったが、あの頃の私は、感情も無くただ戦い続ける冷徹な戦闘マシーンだった。その後しばらくしてハンニバルと出会い、軍の元へ引き取られた。生まれて初めて”戦友”と呼べる仲間ができたのだ」
マティアス司令官もライナスと同じく、戦争で家族を亡くした身だ。マティアス司令官は手を差し伸べてくれる仲間がいたからこそ、道を踏み外すことが無かったのだろう。
「しかしある日、私は戦闘中に致命傷を負ってしまった。救出された私は生物兵器研究所で強化手術を受けて復活した。常人を遥かに凌ぐ身体能力を手に入れたが、その代償で幼少期の記憶を失ってしまった」
「そうか、兄貴の眼の色が昔と違うのも強化手術のせいなんだな。昔は兄貴も碧眼だったもんな」
ライナスはマティアス司令官の強化手術の話を聞き、マティアス司令官の身体の変化に気づいた。
かつてマティアス司令官は碧眼だったが、強化手術後、赤眼になってしまったのだ。
「お互い辛い人生だったんだな……。でも、ようやくこれで……」
ライナスは泣きそうな表情でマティアス司令官を抱きつこうとする。しかし、マティアス司令官は冷たい表情でそれを振り払った。
「待て。まだお前が私の弟だと確定したわけではない。お前が私の弟だと主張するなら、その証拠となるものを出してもらおうか」
「兄弟であることを証明できるものなんて……」
ライナスは戸惑ったが、彼が肌身離さず持ち歩いていたある物を思い出し、それをポーチから取り出す。
「兄貴、これを見てくれ」
「これは……ペンダント?」
「ほら、ここに両親と幼い頃の俺たちが写っているだろ?」
ライナスが取り出したのは、家族の写真が写ったロケットペンダントだ。高貴な衣装を身に着けた父母と、2人の金髪碧眼の美少年が写っている。
そしてペンダントの裏には、父母と思われる人物の名前の他に、”ライナス・マッカーサー”、そして”マティアス・マッカーサー”の名前が刻まれていた。
「これは……。まさかお前は本当に……」
マティアス司令官はペンダントを見て、自分によく似た少年と、自分の名前が刻まれているのを見て心が揺らぐ。
「やっと会えたんだ。兄貴、思い出してくれ!」
(何だ、この懐かしい気持ちは……。昔の記憶が戻りつつあるのか? ライナスが私の実の弟なら、兄として接してやるべきか? ……いや、この男が軍を内部から襲撃する為に兄弟を騙っている可能性も十分有り得る)
マティアス司令官は自分の記憶に無い弟との再会に喜びを薄ら見せる一方、軍の司令官としての責任を強く感じていた。
たとえ凶悪犯でも味方に付ければ軍の大きな戦力になるだろう。
しかし、もしライナスが再び軍を襲撃する目的で身元を偽っているとしたら、それを見抜けなかったマティアス司令官に重大な責任が降りかかることになる。
(私は……)
ここでのマティアス司令官の判断がライナスの運命を左右することになる。
マティアス司令官が下した決断とは……?