第9話 燃え盛る戦場

 部下を全滅させられ、頼みの綱が無くなった放火魔ビリー。
 しかし、彼の表情からは追い詰められたような様子は感じられず、屈強な軍人2人を目の前にしても余裕の表情を見せていた。

「そろそろ俺も本気モードで行くぜ! 俺だって伊達に放火団の隊長やってるわけじゃねーんだよ!」

 ビリーは背中のジェット機を稼働させてホバリングし、こちらに前進しながら火炎放射を放つ。
 マティアスは炎を避け、ハンニバルは炎を気にせずビリーに向かって高くジャンプするが、ビリーは上方向に上昇して軽々とかわした。

「バーカ! 俺に近接攻撃は当たらねーよ! これでもくらいな!」

 ビリーは空中でウォーターガンを取り出し、ジャンプ攻撃に失敗して大きく隙が出来たハンニバルに向かって黒いオイルを噴射する。
 ハンニバルはオイル塗れになり、体が滑りやすくなってしまった。

「くそっ! 気持ち悪いもんぶっ掛けてきやがって! 撃ち落としたらたっぷりお仕置きしてやるぜ!」

 ハンニバルはバズーカを構えてビリーに狙いを定めようとするが、足元が滑って体勢を立て直すこともままならなかった。
 その直後、ビリーは持ち物を火炎放射器に切り替え、ハンニバルに向かって発射した。

「汚物は消毒だ~! いくら人間兵器でもオイル塗れの状態で消毒されたらたまらないだろぉ~?」
「ぐああああああ!!」
「ハンニバル! 大丈夫か!?」

 ハンニバルの体は激しく燃え盛り、彼の体力を削っていった。それでもハンニバルは熱さに耐えつつバズーカで砲撃を放つ。
 しかし、炎とオイルのせいで狙いが定まらない上に、敵はジェット機で素早く移動しているので命中させることが出来なかった。
 
「ヒャーッハッハッ! アメリカ軍最高傑作の人間兵器が手も足も出ないなんて笑っちまうぜ!」

 ビリーはホバリングしながら勝ち誇ったかのように高笑いしていた。
 マティアスは炎上しているハンニバルの身を案じて彼に接近し、ビリーに聞こえぬように小声で話しかける。

「私があいつの気を引く。その間に体を洗い流して来い」

 マティアスがそう言うと、ハンニバルは燃えた状態のまま無言でうなずき、水が出そうな場所へ走って行った。
 まだ破壊されていない場所があれば体の炎を消せるかも知れない。

「おい、待て! 逃げんじゃねーよ!」

 ビリーはハンニバルを追いかけようとするが、その直後にマティアスがビリーの頬に銃弾を命中させた。
 ビリーは空中で停止し、撃たれた頬を抑えつつマティアスの方を見つめる。

「お前の相手はこの私だ。掛かって来い」
「痛ぇ! やりやがったなてめぇ! もう許さねえからなぁ?」

 ビリーは再びウォーターガンを取り出し、今度はマティアスに向けて噴射した。マティアスは回避に専念しつつ隙を伺う。
 しかし、このままでは足場がオイル塗れになり、時間が経つにつれて不利になるのは明らかだ。
 そして足場のオイルの範囲が広くなったところでビリーは火炎放射を放ち、辺り一面を炎上させた。
 マティアスは広範囲に燃え盛る炎を回避したが、ここにはもはや足場が無い為、少し離れた隣の場所へビリーを誘導する。

「逃げたって無駄だぜ? いずれこの街は完全に焼け野原になるんだからよぉ。あの人間兵器の野郎も今頃どこかで黒焦げになって死んでんじゃねーの? ヒャーッハッハッ!」
「ハンニバルはあの程度で死にはしない。……ところで貴様らはなぜ街を焼き払う? 貴様らのやっていることは生きるために略奪をする賊以下だ!」

 マティアスがビリーに放火の理由を問いかけると、ビリーは一旦武器を下ろし、得意げな表情で語り始める。

「そんなに知りたいなら冥土の土産に教えてやるよ。簡単に言うと証拠隠滅よ。存分に略奪した後、市民どもが戦争に巻き込まれて死んだことにして焼き払うのさ! てめーも軍人ならそれくらい経験してるだろ? そして何よりも汚物を消毒するのが最高に心地良いからだぜ!」
「……そうか。貴様の言う通りだ」
「だろ? てめーは真面目な面してるくせに結局俺たちと変わんねーんだな! ヒャーッハッハッ!」
「……汚物は消毒せねばな!」

 その瞬間、遠くから砲弾が発射され、ビリーに直撃して吹っ飛ばした。
 ビリーが地面に転がり落ちたところをマティアスは素早く飛び掛かって押さえつける。
 マティアスがビリーに放火の理由を問いかけたのは、ハンニバルが帰ってくるまでの時間稼ぎの為だったのだ。

「待たせたな、マティアス! あっちにまだ生きてる噴水があったおかげで助かったぜ!」

 ハンニバルが体の炎とオイルを洗い落とした状態で戻って来た。噴水に飛び込んでなんとか一命を取り留めたようだ。
 
「ちくしょう! 何であいつら全部焼き払わなかったんだよ!」

 悔しそうに叫ぶビリー。マティアスはそんなビリーに馬乗りになって押さえつけている。
 必死に抵抗するビリーだが、マティアスはついに両手でビリーの両腕をへし折った。

「ぎゃあああああ!!」

 痛みのあまり悲鳴をあげるビリー。その隙にマティアスはビリーからウォーターガンを奪い取る。
 そして、立ち上がってビリーの腹を踏みつけながら、オイルをビリーの全身に噴射した。
 今まで硬い表情でいることが多かったマティアスが、珍しく楽しそうな表情でウォーターガンを発射している。

「ふざけんな! てめぇ……う……うもう……」

 ビリーは怒りの声を上げようとしたが、その瞬間顔面にオイルを噴射されてまともに喋ることも出来なかった。
 やがてハンニバルがビリーに近づき、火炎放射器を奪い取った。

「どうだ? これから消毒される気分は?」

 ハンニバルはサディスティックな表情でビリーに声を掛け、火炎放射器の銃口をビリーに向ける。
 その表情はまるで長年の恨みを晴らす時が来たような、狂気に満ちた表情だ。
 ハンニバルはビリーのせいで危うく大やけどをするところだったので当然だろう。

「嫌だ……! 死にたくない……!」
「この俺にこれだけのことをしたからには、当然やられる覚悟はあるよなぁ?」
「ハンニバル、後は好きにしろ」

 マティアスはビリーから離れ、ハンニバルに後処理を任せた。

「ハッハッハッ! 汚物は消毒だー!!」

 ハンニバルはビリーがよく口にしていた台詞と共に、ビリーに向けて火炎放射を放つ。
 ビリーの体は一瞬で炎上し、体を数秒バタバタさせた後に息絶えた。
 無抵抗の市民を「汚物」と呼び焼き殺していた男が、同じ方法で”消毒”されるという哀れな最期だった。
 気がつくとハンニバルの焼けた皮膚が元に戻りかけていた。この回復の早さも改造人間故なのだろう。

「ハンニバル、無事で良かった。お前、もう皮膚が治りかけてるんだな」
「いやー、オイル塗られて燃やされるとさすがにキツいぜ。俺は生まれつき治りが早いから良いんだが、もしマティアスが同じ目に合ってたらと思うとゾっとするぜ。今回はお前が大活躍だったな!」

 2人が互いの無事を喜んでいたその時、空から雨が降り始めた。この雨のおかげで街の炎は消えるだろう。

「今頃雨が降って来たな。もっと早く降ってくれれば楽に戦えたってのによ」
「まぁ任務は成功したから良いじゃないか。さて、軍事基地へ帰ろうか」

 2人は最初に入って来た出入口に戻り、軍用車に乗って軍事基地へ帰還した。
 軍事基地へ到着すると2人は真っ先に司令室へ向かい、任務の報告をする。

「ウィリアム司令官、街を燃やしている奴らは全員始末したぜ。そしてこれは敵の隊長が持ってた火炎放射器だぜ!」

 ハンニバルはビリーから奪い取った火炎放射器を嬉しそうに見せびらかしながら言った。

「よくやった、諸君。2人とも無事で何よりだ。マティアス、初めての任務はいかがだったかな?」
「厳しい戦いでしたが、なんとか任務を達成できました。次の任務も精一杯頑張ります」

 マティアスは任務を達成出来たことで自分に自信を持つことが出来た。
 自分は軍人として十分通用する力を持っていた、そして何よりもハンニバルの命を助けることが出来たのだと。

「これが今回の報酬だ。次の任務は2日後に説明する。それまではゆっくり休んでくれたまえ」

 ウィリアム司令官が2人に報酬を渡すと、2人は敬礼をし、その後司令室を後にした。
 そして次の任務までの間、2人はゆっくり休息を取った。